Kaho’s Origin Story
ゴルケ村の紅茶をお届けし始めて、1年半ですが、
KaviとKahoが今の活動へ辿り着いた道筋は、人生の歩みそのものです。
今日は、Kahoのゴルケ村と、「Originを繋いでいく」想いに至った背景をお話させていただきます。

1999年千葉県柏市に上木家の年の離れた四番目として生まれました。父の仕事の関係で、生まれてすぐ南米チリへ家族と移住し、3歳で帰国。はじめて話した言葉もスペイン語でしたが、記憶はなく、家族が楽しそうに思い出話をしている時も輪に入れなかったことが、海外への憧れを抱かせました。
そして、小学6年生。
母の影響で、物心のついた頃に難民支援活動に参加しており、2011年の小学6年生の頃にレバノンに住むパレスチナ難民の子達へ直接物資支援を届けにいくチャンスが巡ってきました。
はじめての挫折
「やっと実際に現地へ届けられるんだ!」と、はじめて覚える高揚感を持ち、パスポートも取り、母と他の仲間たちと準備をしていました。しかし、中東地域の情勢が悪化していること、東日本大震災の影響を鑑みた父の言葉により、渡航を直前で断念せざるを得ない状況になりました。「情勢」と「父」という壁により、幼い自分にとって何にも抗えない無力感を味わった、人生ではじめての挫折でした。
これを機に、わたしは、「紛争をなくしたい。」という思いを抱くようになります。
わたしにできることは何か。
そこで「教育」に辿りつきます。
未来を生きる子供たちの育つ環境だったら、わたしにもできることがあると信じ、既存の枠に囚われない学校教育について探究します。学生時代に、パレスチナとイスラエルへ渡航し、そこで自然と人の関係性が、人と人の関係性にも大きな影響を与えることを実感したことで、「平和と自然と教育」が大きな人生のテーマになりました。
その後、平和を見据え、自然との関係性を意識した学校教育を提案するコスタリカへの留学に挑戦したり、大学を休学して屋久島へ移住し、仲間とオルタナティブスクールづくりをしたり、学校の在り方を捉え直すためにインドへ地球民主主義を学びに行ったり、地球人にとっての学校の在り方を提案する論文を書いたり。
今の時代に、そして、地球に住む上での学びの質を、ひたすらに学びほぐし、新しい在り方を提案してきました。
そしてたどり着いた時間の世界
しかし、新しい提案をすればするほど、社会との接点が離れていき、自分自身が生きづらくなっているのを感じていました。平和を願い、教育の現場を変えていくことに情熱を抱きながらも、しっくりと当てはめきれないもっと根本にある”何か”を感じていました。そこで浮かび上がったのは、「時間の構造」でした。
古代の人々が使っていた時間の測り方を集約した暦を通じて、時間とは、直線的な尺度では測れないものであると知り、人工的な測られた時間によって、学校教育を含めたあらゆる社会の構造が、細分化し、分断されていることに気づいたのです。
銀河視点で、地球が刻むリズムと共に、心で知覚して生まれる時間を伴奏することが、自然と人を繋ぎ、そして人と人を繋ぎ、わたしの願う「平和」へ繋がると確信したのです。
ゴルケ村との出会い
そんな時間の世界を深めている2024年の春、ゴルケ村と出会いました。
はじめて訪れたゴルケ村は、他のネパールの地域とは違う、どこか懐かしい素朴さと、親しみやすい愛らしさ、そして、純度の高い「時間のリズム」がが流れ、あらゆる全体性と調和しているのが見えました。
そうさせているのは、やはり、そこに生きる人々でした。
大きな自然のリズムへ暮らしを委ね、そこに生きる人々にとって欠かさないお茶づくりや、ギーづくり、手漉紙づくりが生まれている姿は、素朴ながらも、聡明で、原石のような美しさがありました。
このままに、生きた美しさを伝えたい。
この時間から生まれたモノから広がる世界をみたい。
こうして、hamiiiの活動へ繋がっていきました。
わたしが表現するOrigin〈原風景〉には、そこにある景色ではなく、時間の世界を含んでいます。風土とそこに生きる人々の有機的な在り方から生まれたモノが、人と人、暮らしと暮らし、そして地域と地域を繋ぐ。そのいとなみこそが「平和」であり、Kahoが、hamiiiとして人生をかけて伝えていきたいことです。