不登校の子どもたち
耕作放棄地をペカンの森に×空き家を不登校や引きこもりの方の300年続く居場所に
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2026/4/10 17:11
「レールの外で、生きてみる」
本日は、滋賀での実証的な暮らしの取り組みについて、その背景にある想いとともに記した文章をご紹介いたします。
https://note.com/quick_tucan1687/n/nacc53048810b
湖西線の志賀駅を降りて、少し歩く。
観光地の華やかさとは逆方向へ、森のほうへ入っていく。
大津市木戸エリアにあるその一軒家は、最初に見たとき、正直に言えば「住む場所」というより「挑戦」だった。玄関の鍵はなく、風呂もトイレもなく、インターネットも通っていない。昭和30年代の空気が、半ばそのまま残っているような家だった。
それでも、そこに住み込んだ。
YouTubeを見ながらトイレを付け替え、少しずつ床を直した。ボランティアの若者たちと一緒にフローリングを張り、鶏小屋を建てる。プロではない人間たちが、失敗しながらも手を動かしていく。便利さはないが、手応えはある。
ガスは通っていない。
冬でもお湯は出ない。
冬の水シャワーは痛い。薪ストーブはあるが、温まるまでに二時間かかる。朝、室内の空気が外気とほとんど変わらないこともある。それでも火を起こし、薪をくべる。炎が立ち上がると、少しだけ世界が優しくなる。
いま、この家には約50羽のニワトリがいる。
朝、彼らの声で目が覚める。訳あって卵は生まない。餌をやり、様子を見る。
ニワトリを飼い、畑を耕し、必要最低限の生活をする。
それはノスタルジーではない。実証実験だ。
「贅沢をしなければ、レールを外れても生きていける」
それを言葉ではなく、暮らしで示したい。
生産性や学歴やキャリアから一度外れてしまった若者たちに、「それでも生きられる」という風景を見せたい。
ある日、冗談半分で孵卵器で温めていたエミューの卵が、本当に孵った。
小さな命が殻を破ったとき、場の空気が一瞬止まった。
いま、そのエミューも一緒に暮らしている。
やがて1.5メートルほどになると言われるその体は、ニワトリたちを驚かせ、エミュー自身もまた驚いている。互いに距離を測りながら、ぎこちなく同じ空間を共有している。
エミューが自分をニワトリだと思い込んでくれるかどうかは分からない。
だが、違う存在同士が少しずつ慣れていく時間は、どこか人間社会にも似ている。
この暮らしは、趣味でもスローライフ志向でもない。
孤独感をほどくための装置だ。
土に触れる。
薪を割る。
卵を拾う。
壊れたものを直す。
その一つひとつが、「役に立っている」という感覚を静かに取り戻させる。今の社会が求める高速な生産性とは違う、もっとゆっくりとした価値の回路がここにはある。
森の家は不便だ。
だが、不便さは、人を必要とする。
誰かが薪を運び、誰かが鶏小屋を修理し、誰かが卵を磨く。
そこで交わされる言葉は多くない。それでも、沈黙は孤独ではない。
便利さを削ぎ落とした先に残るのは、
「生きる」という最小単位の感覚だ。
滋賀の拠点は、そんな実験の場である。
不便さを楽しみながら、もう一度、人が人として立ち直るための場所。
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